Brecker Brothers
Heavy Metal Be-bop
1978年録音。フュージョン系として認知知されていた彼らが ビバップを現代風にファンキーに演奏したことで評価された記念すべきアルバム。

ブレッカー・ブラザースは、1975年ランディとマイケルのブレッカー兄弟二人によって結成され、 1977年ニューヨークに設立されたジャズクラブ、“セヴェンス・アヴェニュー・サウス”の 運営活動と共にコンテンポラリー・ジャズ・シーンをリードした。 1982年に一度解散するが1992年再結成された。
ランディ・ブレッカーは1945年11月27日にフィラデルフィアに生まれ、地元でクラシックの トランペットの訓練を積んだ後インディアナ大学に入学、デイヴ・ベイカーにジャズ・トランペットを 師事する。ノートルダム・ジャズ・フェスティヴァルに学生バンドで出演し入賞したため、 暫くそのままそこに残ることになり,やがてニューヨークへ上京した。 その後、1966年にブラッド・スェット・アンド・ティアーズ(BS&T)に加入、 一年を過ごし、デビュー・アルバム『Child is Father To the Man 』の録音に参加する。 1968年には初リーダー作『スコア』を発表、これには19歳のマイケルも参加している。 その後、ホレス・シルヴァー・グループに参加する一方で、クラーク・テリー、 デューク・ピアソン、サド=メルといった当時の新進気鋭ののビッグバンドでもプレイしている。 次に短期間のジャズ・メッセンジャーズへの参加後、1969年、伝説のグループ“ドリームス”を マイケル、バリー・ロジャース、ビリー・コブハムと共に結成する。 2枚のアルバム『Dreams』『Imagine My Surprise』をColumbiaに残すが1971年には解散。 このグループは残念ながら成功はしなかったが、ランディたちはセッションマンとして多忙な 日々を送ることになった。1973年には兄弟で再びホレス・シルヴァー・グループに復帰、 『In Pursuite Of The 27th Man』(BlueNote)を残し、ラリー・コリエルの“イレヴンス・ハウス” へも参加、『Aspects』(Arista)を録音する.翌年にはビリー・コブハムのグループにも参加する。
マイケル・ブレッカーは1949年3月29日フィラデルフィア生まれ、若い頃はクラリネットや アルトサックスを演奏していた。やがてコルトレーンの影響を受けテナーをプレイするようになり、 学生時代はロック・グループでプレイした後、1969年兄と共にニューヨークへ進出、 その後はブレッカー・ブラザース解散までランディと行動を共にする。マイケルは個人としては、 1987年パット・メセニー、ジャック・デジョネット、チャーリー・ヘイデンをメンバーにアルバム 『Michael Brecker』を発表、ダウンビート誌年度アルバムに選出された。2枚目の 『Don't Try This At Home』では初めてのグラミー賞に輝いた。
1990年には『Now You See It...Now You Don't』を発表、その後は、プール・サイモンのツアーに 参加し、続いてハーバイー・ハンコック、マッコイ・タイナーのアルバムに参加。 1997年にグラミー賞2つを受賞した『Tales From the Hudson』を発表。 この作品はデビュー作と同じ4人が結集した。その後、初めてのライブ・アルバム 『Two Blocks Fromn the Edge』を発表。そして、1990年代最後に発表されたのがドラムスに 長年のアイドルであり、ジャズをプレイし始めたきっかけにもなった ジョン・コルトレーン・グループのドラマーとして黄金のコルトレーン・カルテットを支えつづけた エルヴィン・ジョーンズを招いた渾身の快作『Time is of the Essence』だった。 ラリー・ヤングの名作『Unity』でのエリヴィンのプレイが頭に合ったというマイケルが ラリー・ゴールディングスをハモンド・オルガンに召集、パット・メセニーの参加も含めた 現代最高のメンバーによる作品となった。
待望のブレッカー・ブラザースが1975年にデビューを飾る。ウィル・リー〜ハーヴェイ・メイソン のリズムを従え、デヴィッド・サンボーンも参加した衝撃のデビュー・アルバム 『ザ・ブレッカー・ブラザース』は今聴いても新鮮な響きを 持っている.パティ・オースティン、 ルーサー・ヴァンドロスをヴォーカルにフィーチャーした第2弾は、ドラムをスティーヴ・ガッド、 クリス・パーカーに代えた『バック・トゥ・バック』。 この作品は最高の白人ファンク・アルバムといわれた。 ブレッカー・ブラザースはこの6枚のアルバムで7つのグラミー・ノミネートを受けるが残念ながら 受賞していない。当時彼らのクラブ“セヴェンス・アヴェニュー・サウス”には マイク・マイニエリ(vib)やウォ−レン・バーンハート(p)、エディ・ゴメス(b)らがたむろしており、 ここからブレッカー・ブラザース解散後にはマイケルとマイク・マイニエリを中心に“ステップス” が誕生することになる。  その後二人はおのおのの活動を展開するが1992年10年ぶりに ブレッカー・ブラザースを再結成、『ザ・リターン・オブ・ザ・ブレッカー・ブラザース』 を発表する。 続いて94年には『アウト・オブ・ループ』を発表、この作品はついに念願だった 二つのグラミー賞を受賞する。 コンテンポラリー・ジャズ・シーンに旋風を巻き起こした ブレッカー・ブラザースだが、その後もおのおのの活動が多忙になって来ており、 次回作が待ちどうしい。