ウッドストックの翌1970年、ブリテン島のすぐ下のワイト島で「ワイト島ポップ・フェスティバル」が行われました。ウッドストックが3日間で40万人を集めたのに対し、ワイト島では4日間で60万人の観客を集めたといいます。ジミ・ヘンドリックスの名演でも有名なフェスティバルですが、残念ながらこのイベントは、フラワー・ムーブメントの崩壊を世に知らしめた大失敗作として後の世に語り継がれています。
フェスティバル後に残ったのは、混乱と膨大な赤字とゴミの山だけでした。前年に行われたオルタモントのローリング・ストーンズ・コンサートにおける黒人青年惨殺事件から、すでにその終わりは明らかでしたが、時代はすでに変わろうとしていたのです。
このイベントでは、その混乱がさらに吹き出し、観客と主催者とのトラブルや観客どうしの喧嘩だけでなく、アーティストたちへのヤジ攻撃など、状況は混沌を極めていました。この時代のロックは反体制であり、いかなる制度や拘束からも自由であるべきものでした。
すでにビデオでも発売されていますが、単なる音楽ビデオという枠を超えてドキュメンタリーとして見たほうが面白いと思います。会場は騒然とし、あまりのマナーの悪さに演奏中のクリス・クリストファーソンは怒って帰ってしまい、観客に乱入されたジョニ・ミッチェルは演奏しながら泣き出してしまいます。特筆すべきはジミヘンですが、彼はこのフェスの20日後、帰らぬ人となってしまいました。